歌川広重 「浅草田甫酉の町詣」のネコと富士
富士山過激派とは
静岡県東部に生息する「富士山愛」と「地元愛」の強い人たちのことをいう
先日、静岡県東部にお住まいの方と話す機会があった。富士山の麓、G市の方である。
静岡県の西部と伊豆にしか知人のいない筆者は、これ幸いと、例の話を持ち出した。もちろん、それは、
『富士山過激派』は、存在するのか?
である。
マンガにあった興味深いワード、『富士山過激派』。いつか、その真相の欠片を拾いたい。ずっと願っていた千載一遇の機会。目の前に出現した「静岡県東部」の方におくげもなく聞いてみることにした。
G市の方は、『富士山過激派』という言葉に苦笑しながらも、否定はしなかった。それどころか、おなじ静岡県東部でも、場所によって、富士山の見え方がちがい、それぞれが、おらが町からの富士がいちばんと、熱弁をふるうらしい。なんと。『富士山過激派』には、派閥が存在するのか。ひとくちに『富士山過激派』と言ってしまったが、実は、一括りにできないことを知った。深い。
加えて、その方が、関東圏に行った時の話をしてくれた。
関東某所で、富士山が見えたそうな。近くにいた見ず知らずの観光客は、はるか遠くにある小さな富士山を見て歓喜の声を上げていたと、その方は語った。あんなにちっこい富士で、大はしゃぎしているのに驚いたと。
(いやいや、おそらく同じ場所にいたら、当方も同じ反応だったと思う。見ず知らずの観光客のほうと。)
「富士山愛」の強さとそれにかけるプライドがある。そういう空気を察した。
過激かどうかは知らないが、静岡県東部の『富士山過激派』は、存在する、っぽい。